私は2003年9月にブログを始めたのだが、最初の頃から最も注目していたテーマの一つが海外アウトソーシングだった。
※同カテゴリへのリンクをまとめてある代表的なエントリ:Where Are The Jobs?
雇用が海外に移転して、国内の失業が増えるんだ、というだけの単純な話ではない。企業活動自体がモジュール化し、コア・コンピタンス(むしろ「これからコアコンピタンスとなりうる部分」と言ったほうが正確か?)以外の業務についてはアウトソーシング含む、他社とのコラボレーションが不可欠になること、バイヤー・サプライヤーがもっと複雑になるであろうこと、今後、自分のキャリアの差別化要素をどこに求めるべきなんだ?これから会社はどうなるんだ?と、色々考えさせられるキッカケともなった。
大きく括ってしまえば「グローバリゼーション」ということなのだろうが、まさにこのテーマについて書かれている本を最近立て続けに2冊読んだ。フリードマンの"The World is Flat"(邦訳は「フラット化する世界」)と、大前研一の「新・経済原論」である。
基調となるメッセージは共通している。
製品アーキテクチャーやバリューチェーンはモジュール化され、その中で自社が本当にコアコンピタンスを有する部分(あるいは、バリューチェーン上で今後お金が向かう場所)に特化し、それ以外は世界中から最も適したパートナーを選んで組めば良い。というか、そうしないとグローバルな競争では生き残れなくなるだろう。どこに本拠地を置くかが問題ではなく、パートナー企業に・何を・どのようにお願いするかの設計が企業戦略の重要な一部となる。こういったオペレーションを可能にしたのがIT技術の革新である。
フリードマンや大前研一といった世界に轟くビッグネームが、ビビッドな実例をちりばめ、分かりやすくバシッとまとめてくれ、このテーマが広く一般に知られるところとなったこと(ごく一部の国・業界の特定の職種の人だけでなく)に意義があるのだろうと思った。ちなみに、フリードマンは英語圏であるインドを、大前研一は自らの会社がある中国を詳しく取り上げている。
フリードマンの本が面白かったのは、Netscape等のアメリカの(というかグローバルの)ハイテク業界トップ企業のトップの肉声・歴史を取り上げていたところだった。取材力と取材量、豊富なデータ等、この「読ませる力」は、まさに一流ジャーナリストの面目躍如である。とりわけ、Netscapeがシリコンバレーのベンチャーの成功の原則をこれでもかとばかりに押さえているのは、今思うと「さすが」だが、「それでも彼らはMicrosoftには敗れ去ったんだよね」と冷徹に見据えているのが大前研一である。
私個人にとっては、大前研一の本のほうが発見が多かった。フリードマンの本は、あくまでアメリカ国民に対する警告(もちろん日本にも当てはまる点はあるのだが・・・)が目的だし、海外アウトソーシングやオープンソース、組織のフラット化、アメリカ人の理科系離れなど、「ホントにここ2年ぐらいの話」として取り上げられている話は、まさに同じタイミングで、私自身がアメリカにいてリアルタイムで見聞きしていたIT・ハイテク業界のことが大半だったので、確かに読み甲斐はあるし面白いが、私にとっては新たな発見は少なかった。大前研一の方は、グローバルな資金(投機マネー)の流れ等を例に出し、従来の経済理論が現在の時代には通用しなくなっている、と指摘しており、経済学素人の私には目新しい話題が多かった。
それにしても、恐ろしいのは、これらの本に書かれている出来事が、一体どこまで・どれくらい普及しているのだろうか?この先どこまで普及するのだろうか?という点である。日本では、「製造業の現場が中国に持って行かれて空洞化が起こるのではないか」というレベルの懸念が多く、サービス業や士(さむらい)ビジネス、ITやハイテクの上流工程まで含めて職が流出する、みたいな話(アメリカではもうこのレベルだ)はあまり聞かないように思う。私自身が今働いている会社、クライアントの会社含め、むちゃくちゃドメスティックなので、ホントに今のままでいいのか、ちょっと(いや、正直かなり)不安を覚えた。
| 大前研一 新・経済原論 | |
![]() |
大前 研一 吉良 直人
東洋経済新報社 2006-09-01 |
| The World Is Flat. A Brief History of the Twenty-First Century | |
![]() |
Thomas L. Friedman
Holtzbrinck Publishers 2006-03 |




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